1990年、ル・マン制覇へ向け日産がその全精力を投入した。必勝を期し7台ものワークスカーを送り込んだ。日産の前に立ちはだかったのは、昨年の雪辱に燃えるジャガーだった。マシンは耐久性を重視しXJR‐9の改良型となるV12、NA7リッターのXJR‐12を4台エントリーさせた。更に耐久レースでは今だ、侮れない存在のポルシェ962Cもヨースト、ブルン、クレマー、ロイドと18台が出場した。加えて日産以外の日本勢も充実した体制でル・マンにやってきていた。トヨタは新型の90‐CVを3台。マツダは新型の787を2台、前年の767Bを1台出場させた。ポールポジションは日産、日本車が初めて獲得。迎えた決勝は日産、ブルン・ポルシェ、ジャガーの3台が目まぐるしく順位を入れ替える激しい展開となった。7時間経過、トップは日産。11時間経過、ジャガーがトップ。日産も僅差で続く。しかし2日目の朝、日産は燃料漏れで脱落。悲願のル・マン制覇はならなかった。勝者はジャガー。日産は長谷見/星野/鈴木組が5位。日本車、日本人ドライバーとしては過去最高の成績を上げた。トヨタはリース/関谷/小河組が6位、これまで最高の成績となった。