1983-89 世界スポーツカー選手権 総集編
FIA WORLD ENDURANCE CHAMPIONSHIP '83-'85
FIA WORLD SPORTS-PROTOTYPE CHAMPIONSHIP '86-'89
ノイドシュライフェ、スパ・フランコルシャン、キャラミ、サンダウン、富士、鈴鹿・・・・そしてルマン。
スポーツカーレーシング黄金の時代といわれるグループC。
ポルシェ、ジャガー、メルセデス。その世界最強の壁に挑んでいったジャパニーズCカー。
鮮烈のスピードが世界を変えた・・・
全66戦の激闘を収録した完全保存版が遂にリリース。
1983 FIA WORLD ENDURANCE CHAMPIONSHIP
時速400キロの燃費レース!驚愕のスポーツカー、Cカーが新時代を創る。
流麗なクローズドボディを持ち、いざとなればF1を上回る時速400キロでストレートを駆け抜けることの出来るハイポテンシャルマシン、それがCカーだった。 そして6時間、1000キロレース。ルマンに至っては24時間の戦いに燃料総量規制が加わりチームの戦略がものをいう耐久レース。82年、暫定的なスタートを切ったCカーによる世界スポーツカー選手権、WECは83年、壮絶なバトルが繰り広げられ、熱狂のモーターレーシングとなっていった。
1984 FIA WORLD ENDURANCE CHAMPIONSHIP
絶対王者ロスマンズ・ポルシェ956。ステファン・ベロフが魅せた神の領域。
ワークスポルシェに挑むのはワークスランチア。マルティニカラーのLC2はその小さなボディとハイパワーなターボエンジンで覇権に挑むも信頼性が大きな壁となった。そして世界のモータースポーツファンは1人の天才の出現に驚嘆し、賞賛する。時代の寵児となったのは若き才能ステファン・ベロフ。最強ロスマンズポルシェを操り、誰よりも速くサーキットを駆け抜け、世界チャンピオンの座をその手に掴んだ。
1985 FIA WORLD ENDURANCE CHAMPIONSHIP
熱狂を生むCカーのハイスピード・バトル。1000ps究極のモンスターを待ち受ける栄光と悲劇。
王者ポルシェは956の改良型962Cを投入。IMSAシリーズにも対応すべくホイールベースは延長され、ハンドリングが向上した。エンジンも改良型となり、さらに強さに磨きがかかった。そのワークスカーに敢然と挑んでいったのは、プライベートポルシェの兵たちだった。クレイマー、ヨースト、ブルン、リチャードロイドのGTI・・・その走りは時としてワークスを超えた。85年加熱するスピードバトルは悲劇の年ともなった。モスポートでM.ヴィンケルホック、スパではS.ベロフ。類まれな才能はスピードの中に散った。
1986 FIA WORLD SPORTS-PROTOTYPE CHAMPIONSHIP
最速Cカー耐久レースは新時代へ。ジャガー、メルセデスがポルシェの覇権を狙う。
加熱するCカーバトルはWSPC、世界スポーツプロトタイプ選手権と名称が変わった。 そしてスポーツカーの王者を目指しTWRがジャガーワークスとして、メルセデスのV8ターボを得たサウバーが本格参戦を開始した。 受けて立つ王者ワークス・ロスマンズポルシェ。更にプライベートポルシェも覇権争いに加わる活躍を見せ群雄割拠の時代へ突入した。 1勝はジャガー、ザウバー、リチャードロイド。2勝はブルンとヨースト。ロスマンズポルシェは3勝に留まり、連続チャンピオンは途切れ、ブルンモータースポーツが栄光を手にした。
1987 FIA WORLD SPORTS-PROTOTYPE CHAMPIONSHIP
シルクカット・ジャガー、Cカー・ルネサンス。V12、グランドエフェクトがもたらした究極の耐久レーサー。
シルクカットジャガーXJR8、まさに時代を突き抜けたCカーが生まれた。天才デザイナー、トニー・サウスゲート渾身のグランドエフェクトカーにNAのV12エンジンが搭載される。TWRチームの完璧なレース戦力も加わり、燃料総量制限の耐久レースに革命をもたらした。ジャガーは全9戦中6勝をマーク。絶対王者といわれたポルシェをその座から引きずり下すことに成功した。まさに大きなうねりの中から新時代が始まった。
1988 FIA WORLD SPORTS-PROTOTYPE CHAMPIONSHIP
ジャガーVSザウバーメルセデス 2強の死闘。そしてワークスポルシェが最後の戦いに挑む。
進化を続ける王者ジャガーは連覇を狙いXJR9を投入。 対するザウバーはC9。メルセデスワークスとして高らかにタイトル奪取をぶち上げた。 NAの7リッターV12対5リッターV8ターボの激突はまさに迫真の頂上決戦となった。 ワークスが撤退していたポルシェの苦戦が続く中、バイザッハ(ポルシェAG)はルマン、そしてWECジャパンに967Cの最終アップデートマシンを持ち込んだ。 スピード、耐久性、燃費が高次元でバランスされた3ワークスマシンの最終決戦。 それはまさに死闘と呼ぶに相応しいものだった。
1989 FIA WORLD SPORTS-PROTOTYPE CHAMPIONSHIP
日産、トヨタが魅せた世界挑戦のスピード。新たなレギュレーション、Cカー耐久バトルは新世紀へ。
全戦480キロの戦いとなった89年。 シルバーアローとなったザウバーメルセデスはまさに矢のごとく、サーキットを席巻してみせた。 ライバル、ジャガーは劣勢を跳ね返すべくターボカーXJR11を投入するも不発に終わってしまう。 そして遂に日本車が選手権にフル参戦を開始。 日産、トヨタは本気でタイトルを狙う姿勢を見せた。ヨーロッパラウンドでみせた日産R89Cのトップを奪う快走は王者メルセデスの度肝を抜くものとなった。 更に迎えた最終戦、メキシコでの王者決定劇は筋書きのないドラマそのものとなった。